中外日報「随筆随想」 2016(平成28)年1月15日〜2月5日より 号外
中外日報「随筆随想」 2016(平成28)年1月15日〜2月5日より転載(許可済)

1.海外の禅を理解し交流を

 いまや世界甲の多くの人々が禅に興昧、関心を抱いている。そして進んで日本にやってきて、坐禅などの実践に取り組むようになった。のみならず、日本に定住して結婚し、あるいは出家僧侶となって、寺院住職に就任し、坐禅の指導者となる人もますます増えている。
 わが大乗寺は、年中無休の態勢で、坐禅を中心とする修行に励んでいるが、各国から参禅に訪れる人が後を絶たない。いや増加の一方である。イタリァ・フィレンツェのアンナ・マラディさんは、私の弟子となって、2005(平成17)年、イタリアで真如寺を開創した。受戒する弟子は年ごとに増えている。
 中東からやってきた若い学者ママドゥア・アイーダさんは、金沢大で医学博士号を取得。同大の専任教員となったが、やがて祖国に日本文化研究所や坐禅実習所を創立する予定でいる。
 今後、坐禅の中心地は、アメリカやヨーロッパに移っていくのではないか。一方で、海外の禅の動向については何も知らないと言っても過言ではない。世界各国の動向を瞬時に知ることができる現代において、禅の実態は抜け落ちている。
 仏教や禅は日本からアメリカ、ヨーロッパに向かっているだけでなく、アジア諸国の仏教や禅も、欧米のみならず、ロシアやアフリ力大陸、南米などに進出しているようだ。
 禅はどこに向かい、どこに行こうとしているのか。現状を知り、互いに交流し、理解し、ないし切磋琢磨し、ともに手をたずさえて世界平和の実現に向け、半歩、一歩を進めたい。そこで、私は「世界禅センター」の創設を思い立ったのだ。13(平成25)年6月9日、大乗寺で開所式を挙行し、中外日報(5月14日付)に創設の趣冒を発表した。創設に至った詳しい経緯、要旨についてはそれを参考にしてほしい。
 ともあれ、私どもの行動は、徒手空拳の企てと言ってもよい。あるのは熱い同志や協力者だちの意欲のみである。無謀といえば無謀であろう。「世界禅センター」創設の直接の動機は何であつたのか。そのことについては次に触れておきたい。


2. 海外視察重ねて40年超す

 「世界禅センター」創設の動機となったのは、40年以上前から続けてきた海外視察や国際交流である。私は1974(昭和49)年、当時勤務していた駒沢学園から派遣されてイギリス、フランス、イタリア、ドイツ、スペイン、オランダ、スイスの西ヨーロッパ7か国の教育事情の視察に出掛けた。3週間の旅だった。
 続いて96(平成8)年、駒沢女子大学長として、シリア・アラブ共和国の古都アレッポの国立アレッポ大学との学術交流書を取り交わすために訪問。所期の目的を達成し、「日本社会における仏教の軌跡」と題する講演を行った。この時、初めて外国に対する具体的な関心が深まっていったのである。
 99(平成11)年には、第1回のインド、ネパールの四大仏蹟を巡礼した。今は亡き、弟子丸泰仙老師、前角博雄老師、黒田武志老師の知遇を得た。いずれも高い強い誓願心を堅持し、捨て身の弘法魂を抱いた稀有の大菩薩たち。直接にはこれらの人々から刺激を受けたことが、この「世界禅センター」の誕生のきっかけとなったと言ってもよい。
 自分を絶対化しない、他を排斥しない、相互にその存在を認め合い、尊重し合い、協力し合い、世界の平
和を実現していきたい。共存、共生、共栄の道だ。
 2012(平成24)年は、中国(内モンゴル)の代表的なモンゴル仏教寺院へ拝登した。昨年5月は、台湾の台北市の仏教徒との交流、そして講演し、10月は中野良教、鈴木潔州、佐藤蓮玉の3師が私の代行として中国・雲南省の大理、国際崇聖フォーラムに参加した。そこで論文「中国から日本に正伝された坐禅の正法」を発表した。
 さらに今年5月には、オランダの禅川寺に招待されている。過去、数回に及ぶ中国、台湾、韓国などの仏教寺院、大学での講演もつとめたが、いずれにせよ、海外の観光旅行などは一度もない。
 また前後するが、インド、タイ、シンガポール、香港、エジプト、アゼルバイジャン、トルコ、ハワイ、ニューヨーク、ロサンゼルスのユニテリアン教会、カナダのバンクーバーの仏教寺院、ジャイナ教、クリスチャン、サイエンス、オーストラリアのシドニー、ニュージーランドなどとも視察交流した。これらも「世界禅センター」開設の間接的な要因となっている。

3.正師に参ずることが絶対

 私は、二十歳前後のころ、ある機縁によって、自分の存在に疑問を感じた。
 悩んで脆(つまず)いて、苦しんで彷復(さまよ)って、求めて、求めて、求めて、ついに道元禅師、螢山禅師に出会った。
 仏教学(唯識学の小川弘貫博士)、日本曹洞宗宗学(鏡島元隆博士)の正師に学び、修行の正師(渡辺玄宗禅師、松本龍潭老師)に参じて、年来の宿疑は氷釈した。
 さて、道元禅師は坐禅の現身仏である。これまでにも記してきたが、道元禅師のお示しは、「仏仏祖祖の正伝の正法は、ただ打坐のみなり」である。[参禅は身心脱落なり、祇管に打坐して始めて得ん」と。
 「身心脱落」とは、従来の相対的分別が氷解したこと。自己を明らかにすること。これが悟りであり、救いである。悟りや救いのない仏教、仏道などというものは、ありはしないのである。坐禅はいわゆる哲学、思想ではなく、宗教ですらないのである。
 この一点を曖昧にすると、坐禅は無自覚なニヒリズム、無気力な現実肯定の「抜け殻禅」になってしまう。
 道元禅師は、坐、打坐、坐禅などと記すが、禅という用法はほとんどない。のちの観心、観法、瞑想、止観、阿字観、公案禅などは、禅であっても坐禅ではない。外国人の禅僧が、シッティング・メディテーションなどと説いているらしいが、それは誤りだ。
 道元禅師は、日本の釈尊であると私は受け止めている。釈尊は仏教の開祖とされるが、釈尊ご自身は、自分は仏教の開祖だとか、仏教を拓(ひら)くなどと仰せになったことはない。仏心宗、禅宗を始めたということもない。教義をおしたてて他人に強要することもない。あるいは無になることでもない。
 しからば、その坐禅とは何か。
 調身、調息、調心などとするのは、間違いではないが、道元禅師のお示しとは微妙にくいちがう。道元禅師は「すべからく、身を端し、坐を正すを先とす。しかる後、息を調え、心を致す」とお示しくださっている。
 正身端坐、調息、致心が坐禅のスリー・ポイントである。ここで、正師に参ずることが絶対の要件である。坐禅をいくら自分で考え、工夫してみたとしても、それは所詮(しょせん)、その人の雑考、愚論に過ぎないのである。

4.無量の功徳を衆生に回向

 前回に指摘した通り、道元禅師の説かれる坐禅は、第一に端身正坐、第二に調息、第三に致心。坐禅のスリー・ポイントだ。
 第一の要点。姿勢を垂直にして、肩に力を入れない。あごを引く、口をきりりと結ぶ、半珈朕坐ないし、結珈鉄坐し、両手は膝の上に置く。実は、道元禅師は、両手を法界定印とか定印とかにするとはおっしやっていない。
 第二の要点。ごく自然に呼吸を行う。短い息は短く、長い息は長く。人為的、一時的な呼吸はしない。
そして第三の要点。心を致す。「致」は、なげ出すと訓(よ)む。致命傷の「致」と同じ字だが、意味はやや異なる。今、心、意、識を使わないこと。念、想、観の動きもやめる。刺激を追求、連想しないこと。要するにものを考えない。こころの窓を全開にするのだ。
 坐禅の目的は、自己の自覚ともいうべきものである。全ては自己にはじまり自己におさまる。固定した日常的な自己など実はありはしないのである。このことを体と心で実感する。ただひたすら坐禅に打ち込む。ここで釈尊の坐禅の悟りにあずかるのである。釈尊と同じ境地に至るのだ。
 これらのスリー・ポイントが連動、一体となって、坐禅は成り立つ。もっとも、このスリー・ポイントは実に簡単だが、なかなか大変なこと。
 そこで、必ず正師に師事して坐禅すること。決して独学、独断ではいけない。
さて、うっかりすると、人跡未踏の地で独坐することが坐禅の全てであると俗解する向きがある。瑩山禅師は「つねに大慈大悲に住して、坐禅の無量の功徳を一切の衆生に回向せよ」と示しておられる。坐禅の価値、特性を全てのものにめぐらせよという。
 えてして、坐禅は単なる自己修養に陥りやすい。自分は自分以外の全てのものによってここに、こうしていかされているのだ。
 坐禅は、合理不合理を超えた不思議な生きる力を我々に与える。そこから、個の坐禅の力を全てのも、のへ振り向けていきたいという慈しみの祈りと願いにつながっていくのである。
末世の私たちではあるが、この志を受け継いで、誓願のこころを堅持し、世界平和実現のために努めていかなければならない。
 誓願の坐禅−−−−−坐禅の無量の功徳を一切の衆生に回向していこう。

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