信ずる自由、信じない自由 第24号
 わが日本国の憲法は、信教の自由をうたっています。
誰が、どの宗教を信じようと信じまいと、個人の自由だということでしょうか。
 しかし、挙げて、この国は、無宗教、反宗教の状態に加勢しているのではないかとおもわれる点がないわけではないようです。
 たとえば、国公立の学校では、特定の宗教教育は認められないとしているのはよしとしても、宗教そのものさえもきちんと教えていないようですが、どうでしょうか。
 世界的宗教の仏教の教主・おしゃかさまの降誕の日、四月八日の花まつりは、国の祝日になっていません。
 このような状態は、アジアの国々の中でもめずらしい。
 それやこれやの結果でしょうか、クリスチャンでもないのに、キリスト教会で結婚式をおこなって顰蹙を買ったり、ヨーロッパを旅行して、キリスト教の教会に入ったとき、にわかに膝まづいて、手を合わせたりして、軽蔑されるということにもなります。
 お葬式の弔辞で、安らかに天国でおねむりくださいなどとよんでいる人がありますが、なくなった人は仏教徒ですし、仏教では天の神々の国は、レベルの低いところです。
 いわゆる靖国神社問題の騒動の結果、国立の追悼施設をつくるべきだと言って、それは無宗教でよいなどといっていますが、それはいったいどういうことなのでしょう。
 これに類することは、枚挙にいとまがありません。
 宗教に対する一般知識さえないわが国は、上記のような事をふくめて、いま混乱しているのではないでしょうか。





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