大乘寺は、曹洞宗の専門僧堂です。
大乘寺は、専門僧堂です。常在の修行僧は20余名です。20歳代の若い僧から70歳代の高齢の僧まで和合、和睦の精神を体して、おたがいにみとめあい、おぎないあい、助け合って午前4時15分から午後9時まで、きびしく、規則正しい修行生活を送っています。

700有余年の歴史と伝統を堅持しつつ、国際部を設置し、女人会(にょにんえ)の新設を企画するなど現代の世界や社会に対応していこうと努力しています。日本文化を表面から理解せず、深いところからうけとめようとするならば、仏教、禅を抜きにして論ずることは出来ないでしょう。ヨーロッパ、アメリカを理解するにはキリスト教を、中東やイスラエルを理解するにはユダヤ教、イスラームを知る必要があるのと同じです。今外国のかたがたは真剣に禅を学んでいます。そのうち、日本人は彼らから禅や日本文化を学ぶことになるかも知れません。

いま、フェミニズム、ジェンダー、男女共同参画社会などの動きがあります。それはそれとして、仏教、禅にも男女平等、女性尊重の考え方やその実践はその先覚者によってなされていました。しかし、そのことは残念ながら、ほとんど知られておらず、知られていても多くは曲解されてしまっているようです。仏教、禅の歴史のなかにも多くの誤りがありますが、それらをふくめて仏教、禅による女性観、人間観を学ぶことは、真の人間理解を高め深めてより心豊かな世界を築いていくうえでとても重要なことだとおもいます。ただし、私は、ただちに、それが政治運動や社会運動へ進むということには、これまで多くの事例をみて、否定的な立場です。こういう点に興味、関心をもっておられる方はぜひご連絡を下さい。

日曜参禅会も毎週行われ、坐禅堂(僧堂)は、企業、学生、老若男女の個人などに解放されています。参禅を希望するお方はもちろんのこと、出家を希望したり、僧堂に安居(あんご)を願う人、さまざまな相談ごとなど、あとを絶ちません。くわしいことは、電話、ファックス、電子メール等で大乘寺へお問い合わせ下さい。

大乘寺は心の安まるお寺、身も心も浄らかになるお寺として、皆さまにうけとめられているようです。その意味で、多くの方々の御来山を歓迎します。是非おいで下さい。いわゆる観光化した寺院、俗化した寺院にはしたくないのです。どうか御理解、御支援下さい。


                                                        大乘寺住職   東  隆 眞



大乘寺の歴史
東香山大乘寺は、山号を別に古くは椙樹林(しょうじゅりん)、のちには金獅峯(きん(こん)しほう)ともよんでまいりました。ご開山は、福井県の曹洞宗大本山永平寺の第三代・徹通義介禅師(てつつうぎかいぜんじ(1219〜1309)です。
徹通義介禅師は師の道元禅師(1200〜1253)のおしえを伝えて、「貧」の学道をまもり、のち中国にわたり諸山を遍歴して、「永平十刹図(えいへいじっさつづ)」(旧国宝・重文指定)を撰述し、帰国して永平寺の寺規、伽藍を一新して「永平中興(えいへいちゅうこう)」とよばれました。平成二十年は、七百回御遠忌を無事終了しました。また、大乘寺は、永平寺の四門首(永平寺の門葉の四代表寺院)の一つとなっています。徹通義介禅師は、のちに加賀の地へ移り、守護職冨樫氏の帰依をうけて、野々市に大乘寺を開きました。正応二年(1289)のこととされます。
徹通義介禅師のお弟子に瑩山紹瑾
(けいざんじょうきん)禅師(1268〜1325)がおられます。瑩山禅師は、大乘寺第二代となり、やがて羽咋市の永光寺、ついで大本山總持寺を開き、日本で最多寺院を擁する曹洞宗の基盤をつくられ、道元禅師を高祖とおよびするのにならんで太祖と仰がれています。
このように大乘寺は、永平寺、總持寺の両大本山とも特別の由緒をもつ寺院です。
江戸時代、今からおよそ三百年あまりむかし、加賀藩老本多家の庇護のもと現在地に移り、二十六世中興月舟宗胡禅師、二十七世復古卍山道白禅師が登場し、道元禅師の古風を尊重し、清規をととのえ、「規矩大乗
(きくだいじょう)」の名を天下に知らしめ、禅のきびしい修行道場として世にその名を高めてまいりました。現在も、大乗寺専門僧堂を運営しています。
大乘寺の伽藍は、わが国禅宗建築なかんずく曹洞宗寺院建築の典型的な七堂伽藍の配置を示しており、仏殿は国の重文指定、その他の建物は、県、市の指定有形文化財となっています。
いま、大乘寺には多くの人びとがこころのささえを求めて参禅におとずれ、あるいは境内の寂びた佇まいに、みずからの本来のあり方をさぐろうとする人びとが、年ごとに増えています。




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